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父への感謝状 ~響12年を抱えて帰るよ~: いつかきっとドットコム

父への感謝状 ~響12年を抱えて帰るよ~

2009年11月03日 Comment(2) Trackback(0)

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この季節の夕暮れ時になると、
思い出すシーンがある。
それは、もうずいぶん前のことなのだけど。

+++

家を建てた途端、東京に帰るとか言わないよな?
うん、言わない。

ああいう小さいジープみたいな車を文子用に買おうか。
うん、いいね。

この先に踊り子がいるらしいぞ。
ほら、「この先、段差あり」って書いてある。
うん・・・。

住宅展示場に向かっていたこの日、
運転席の父はとても饒舌だった。
いつもは、ブーとか、チビとか呼ぶ私を、
あえてなのか、なんなのか、
何度も「文子」と名前で呼んだりもして・・・。

「この先、段差あり」の看板を見て、
父の頭の中では段差がダンサーに変換されたようで、
「この先に踊り子がいるらしい」だなんて、
笑えない冗談まで言って私を笑わせようとした。

そんな父の気持ちをありがたいと思うのは、
もっともっとずっと先のこと。

当時の私は相槌を打つことにさえ、
大きなエネルギーを必要とした。
それほど弱っていた。
うん、そう。体も、そして心が。

できの悪い子ほどかわいいと言うけれど、
体調を崩した私は、できが悪い子どころか、
ポンコツ寸前になって実家に戻っていた。

そんな体じゃ東京にはもう住めないさ。
先のことはいいから。
とにかく体を治すことだけを考えるんだ。
今はゆっくり静養して体を休めなさい。

そうして、庭先に私専用の家を建てる計画が始まった・・・。
けれど、元来のわがままな性格に加え、
病気で神経質になっていた私は、
まわりの心配も愛情も、すべてが重かった。

なにより自分の意思とはぜんぜん別の、
違う様子に進む自分の体と心がつらかった。

父と何度か住宅展示場を訪ねたけれど、
どこに行っても接着剤の臭気で頭が痛くなった。

結局、建築士に設計を依頼することになり、
接着剤を使わない無垢材だけを使った
15坪の小さな家の設計図ができたのはクリスマスの日。

「こことここを少し修正して、
年が明けたらイチバンで建築申請を提出しましょう」

建築士の明るいプランの元、
もう少しで小さな家の工事がはじまるはずだった。
なのに、年明けを待たず私は東京に逃げるように帰った。

どうしてなんだろう。
なぜだか、その小さな家は自分の居場所じゃないと感じた。
スーパーマーケットに入れば
必ず顔見知りに会ってしまう小さな町に、
私の居場所はないような気がした。

「東京で好きなこと三昧して体を壊して帰ってきたんだって」
「大した病気でもないのに家まで建ててもらうらしいよ」
「いったい、なんの病気なんだ?」

どこからか、そんな声が聞こえてきた。
誰も、なにも言っていないのに。
むしろ、みんなは温かく迎えてくれていたのに・・・。

ヒステリーのように「東京に帰る」と言い出した私を、
母や姉たちが必死でひき止める中、
父だけは「やっぱり・・・」みたいな顔をしていた。

こんな親不孝な娘はどこを探してもいない・・・。
今思い出しても、ほんとに、そう思う。

+++

あれからずいぶんの時間が経ち、
幸いにも私の体には元気が戻った。
ちょっと頑固者+働き者+料理上手な夫とも会えた。

「ずっと探していた場所、海辺の町に見つけたの」

「そうか、あそこはいい町だ、よかったな。そうかそうか。」
受話器の向こうから、弾んだ父の声が返ってきた。

「あなたが帰って来ると、お父さん、つい飲みすぎるのよ」
となりにいるらしい母のニコニコした声も聞こえる。

お母さん、あのね。
響12年というウイスキーはね、
サントリーの持てる技術の限りを尽くし
熟成の魅力にあふれたものなんだって。
最初の一杯は是非ストレートでお試しください、って。

人生でこんなにも穏やかなひと時はめったにないもの。
たまにはさ、飲みすぎたっていいと思うよ。

「お父さんが先、お母さんがあと」の話しと、
夫と私が移り住む海辺の町の話しを肴にして、
フルーティな味わいを楽しもうよ。

近いうち、響12年を抱えて帰るから。
ねっ、待っててね。



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commentコメント

いいエッセイだわぁ
しんみりました。そして、父を思い出しました。
そっか、幻の15坪の家があったのね
わたしがいきなり「やっぱり東京に戻る」と、ハガキだけ出して夜汽車に乗ったのは晩秋でした。
そんな親不孝も思い出しました。

■ ぷれこさん こんにちは♪

なんていうか、
いくつになってファザコンなんですよねー、私。

そっか、ぷれこさんにもあったか、
田舎に帰ったものの東京に戻てきちゃた親不孝・・・。
だけど、親には「子供が好きなようにするのがいい」との思いもあるんだよね。

ところで、あの本、届きました!
ぱっと開いて文字がびっしり詰まっているのが嬉かったw
感想はまたあらためてー^^

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