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父と私とビールの関係。: いつかきっとドットコム

父と私とビールの関係。

2014年04月01日

父が亡くなった日の朝。フランスの田舎を旅して目覚めた窓の外、みたいに霧がかったきれいな朝だった

今日は父の月命日だね。
ひと月なんて早いもんだ。

と、姉からのメール。

2月分の経費出してね、とも。

経費とは、父の付き添いで費やした
交通費とか食事代とかホテル代とか、
いろいろ買った物とか、それらのこと。

生前の父は「飲んだり食べたり、
お前は泊りも多いからビール代も
ちゃんと清算しろよ」なんて言っていた。




我が家から父がいる病院までは
片道4時間とちょっと。
時間がかかるってことは遠いということ。
遠い分だけ交通費もかかり、
行ったり来たりの日帰りは疲れるからと
ホテルに泊まってもいたから、
ひと月の経費はけっこうな額になった。

それを父に請求するのは
なんだか申し訳ないような気がしてたけど、
父からしてみれば嫁にいった娘に
負担をかけたくない、ってこともあり。

父の気持ちと私の気持ちと
いろいろ複雑な思いもあって
なんとなく後回しにしていた2月分の清算。




緩和ケア病棟に移って以降、ドクターから
「姉妹でベッドサイドで酒盛りするのもいいですよ。
 ご自宅のリビングと同じようにして過ごしてください」
なんて言われてからは、
3人の姉はそんなじゃなかったけれど、
なんだか私はとにかくビールを飲んでいた。

レシートを見るまでもなく
Facebookにアップしていた写真を見ると
ビールの写真がたくさんあった。

上の写真は夜通し父に付き添った翌朝、
姉とバトンタッチしたあとに
近所のココスで飲んだ朝ビール。




これは、父の病院食を代わりに食べた時の
ランチビール。




20140401-9.jpg

これは、父の誕生日前夜の前祝い。
長姉と泊まり込んで付き添いがてら
パーティーの飾りつけを作ってた。

なんか、すごく昔の話みたいだけど、
まだひと月ちょっと前のことなんだね。




「お父さまの残り時間は、
 もう月単位ではなく数日単位のお話です。
 18日の誕生日までは難しいかもしれません。
 前倒しして週末にお祝いなさるのもいいですね」
 
2月13日、緩和ケアの専門医から、
そう告げられた翌日の帰り道。
車窓に流れる雪景色を見ながら
ビール片手に泣きながら帰ったなぁ。

だけども。
そんなこと言われたことを知らない父は
18日の誕生日が難しいどころか、
それから10日以上も元気(というのも変だけど)に
私たちと会話ができていろんな話をしてくれた。

いまだに父がいないことがピンとこない。
iPhoneにはちょっと照れたように話す
父からの留守電がたくさん残ってる。

「お父さんです。
 これ聞いたら電話ください」

電話したら出るような気がするけど、
出るはずないから電話はしない。
留守電メッセージも消さずに
そのまま残しておこう、いまはまだ。

+++

父は新月になる直前に息を引き取った。
自分の持っているものすべてを使い切った、
そんな最期だったから
新しいサイクルが始まる新月直前に
自分の意志で逝ったんじゃないかと、
そんな風に私は思ってる。

お父さん、
こちらは昨日また次の新月を迎えました。
私ね、昨日から新しいことはじめたの。
かずさんにソノコト宣言したら
ガハハって笑ってたけど、
もう言葉にしちゃったからさ。
それに向かってガシガシやるね。

「人に喜ばれるいい仕事してるなぁ」
またそんな風に褒めてもらえるよう
ガシガシやるからね。見ていてね。

っていうか、私の近くにいない?
いるでしょ(笑)。
なんかさぁ、
いつもお父さんがそばにいる気がするよ。



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