夫の見る目。

夫と私は毎日同じものを食べていて、
一緒に過ごす時間も多くって、
他の夫婦がどうかが知らないので簡単比較はできないものの、
わりに会話も多いんじゃないか、そう思っているのですが。
それはそうなのですが・・・。
同じものを見ているのに、まったく違うものを見ていた、
みたいなことも多いのですねぇ。
昨日の朝、私は庭の咲き始めた白木蓮を見て、
鳥についばばれながらも大きく開いた花を撮っていたのですが、
夫は咲いた花にはあまり関心がなく、
「緑のつぼみ」に目を奪われたとのことでした。
その1枚が上の写真なのですが、うーん、緑が清々しいです。
私にこういう写真は撮れません。
なにしろ、この緑のつぼみが目に入っていないのですから。
ここ数ヶ月の土曜の朝といえば、
早朝5時に家を出て(起床は4時半)海辺の町に向かう、
がルーティンになっていました。
今週はこちらのエリアで所用があって、
のんびりと土曜の朝を迎えていたのですが、
同じようにのんびりを楽しんでいても、
見るもの、見えるものって違うもんだなぁ、と。
ま、別人格なのであたり前といえばあたり前なワケですが。

さらには。
昨日の朝の私は、久しぶりの青空に「わーい♪」とばかりに、
空に向かってシャッターをバシャバシャと切っていたのですが、
夫はそれとは対照的に庭の片隅にあるシイタケも撮っていました。
白木蓮の緑のつぼみ同様、こちらも私の目には入っていないのでした。
むむむむむ、これって、私に対して、
もっと足元を見るように、との示唆的写真なのか、とも思ったり ^^;

そして、さらに、またまたさらには。きゃ、きゃー、こ、これはっ!!!
パジャマのまま脚立に乗って写真を撮る私ではないですかっ!!!
なんつーか、かんつーか、うーん(恥)。
この時、私の頭の中には「躓く石も縁の端 (つまずくいしもえんのはし)」
という言葉が浮かんでいました。
私のクセというか、習慣というか。
いつもファインダーの中に見える風景を文章に変換してしまうのです。
朝日に透ける白木蓮の白い花びらと、ここ数日に起きた出来事から
インスパイアされた言葉でした。
撮った写真をパソコンで見てみると、
よくもまぁ、こんなにたくさん虫食いの花びらを撮ったものだと
我ながらあきれてしまう枚数でした(笑)。
とまぁ、撮るもの見るものが違う我らではありますが、
夜ともなれば食卓に集結し、
「おいしいものは、できれば二人で食べたい」が一致して、
同じ方向を向いていることは、なかなかいい感じなんじゃなかろうか、
などと思う日曜夜なのでした。
星空バルコニーまで、まだもう少しー☆
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