潮騒に似ている森の音。

私は関東地方と東北地方の境近くに位置する、
海沿いの小さな町で生まれ育ちました。
この写真は実家のまん前に広がる夜明け前の太平洋です。
家のすぐ下に防波堤があり、その向こうはもう砂浜です。
幼い頃、1年中私の遊び場は砂浜と海でした。
初日の出を布団にもぐったまま見て、ご飯のあとは砂浜で凧揚げ。
風を追いながら隣町まで行ってしまい、帰り道はぐったりしたな、とか。
友だちと興じた砂浜三角ベースボールでは、
砂まみれになりつつ走り回ったり、
ホームランボールを追って海に入ってびしょ濡れになったな、とか。
ひと夏に2度も溺れたことがあるというのに、
夏休みになると日がな一日、海で遊びまわって真っ黒だったな、とか。
だから、絵日記の「絵」が毎日のように海で困ったんだよなー、とか。
幼い頃は、砂浜と海が自分の世界、自分の全てだった。
中学生になると部活が忙しくなり、海で遊ぶ機会が少なくなり、
高校生になってしまうと、海より映画館やデパートの方に魅力を感じ
目の前の砂浜に降りることもなくなってしまったっけ。
いつしか「なんにもない田舎はつまらない」と思うようになって、
あたり前のように進学を理由に海のある町から離れてしまった自分。
+ + +
先日、ぼんやりと新緑に輝く山肌を見ていた時のこと。
風に揺られて木々がザワザワとたなびくさまが、
まるで波打ち際のように見え、葉が擦れあう音が潮騒に聞こえました。
幼い頃、砂浜に腰かけて寄せては返す波の動きを不思議に思いつつ、
長い間見続けたように、その日の私は山肌を見続けていました。
私が「山の家」を目指しているのは、いろいろな理由があるのですが
鮭が生まれ故郷の川に遡上するように、
私は潮騒に似ている森の音に誘われているのかな?
そんなことを思ったデキゴトでした。
えっ?
だったら、生まれ故郷の海沿いの町に戻ればいいじゃないかって。
それはそうなのですが、「故郷は遠きにありて思うもの」と言いますし、
それに、海沿いは塩害というかそういうこととかがあって…、と
そのあたりは現実的な私なのであります(笑)。
「なんにもない田舎はつまらない」と故郷を出て、
人生の半分以上を東京で過ごし、
東京下町生まれなのに田舎好きの夫と巡り会い結婚して、
生まれ故郷よりなにもなさそな「山の家」を目指している私。
寒いから陽だまりのぬくもりをありがたく感じるように、
なにもないからモノのありがたみをより強く感じたり、
もしかしたら「なにか」を生み出せるかもしれないと思ってみたり。
+ + +
あまりに海が近過ぎて、
初めて泊まりに来た時「潮騒がうるさくて眠れない」と言ったTちゃんを、
今度できるはずの「山の家」に招待したら、
風に揺れる木々の葉擦れ音がうるさいって言うのかな(笑)。
久しぶりにTちゃんに連絡して、そんなことを話したくなった私でした。
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